転勤先で最初に戸惑ったのは、授業でも子どもとの関わりでもなかった。
職員室のパソコンだった。
普段の業務を進めるための支援ソフトが違う。成績処理の方法も、文書を作るソフトも、タブレットで使うアプリも違う。
前の学校なら数分で終わったことに、やたらと時間がかかる。
「あれ、どこから入るんや。」
「このボタン、何やったっけ。」
同じ教師の仕事をしているはずなのに、使う道具が変わるだけで、急に仕事ができなくなったような気分になる。
転勤とは、勤務する学校が変わるだけではなかった。
自分の中にある「学校の当たり前」が、丸ごと入れ替わることだった。

最初の職員会議で「転勤したな」と思った
新しい学校で迎えた、4月最初の職員会議。
会議の途中で、先生同士が大きな声で意見をぶつけ合う場面があった。
僕は少し驚きながら、その様子を見ていた。
「ああ、転勤したな。」
そのとき、初めて実感した。
もちろん、意見を出し合うことが悪いわけではない。活発に話し合う文化とも言える。
ただ、前の学校とは明らかに空気が違った。
会議の進め方。
先生同士の距離感。
物事を決める速さ。
大切にしていること。
市町や地域が変われば、研修の内容や重点を置く取組も変わる。
同じ地域の中であっても、学校が変われば、子どもや保護者、職員室の雰囲気は変わる。
学校には、その学校なりの文化がある。
転勤したばかりの頃は、それがまだ読めない。
転勤は、生活まで変える

学校が変われば、通勤も変わる。
当時の僕は、かなり遠い距離を車で通っていた。
ある日、通勤途中に強い眠気を感じ、危うく田んぼへ突っ込みそうになった。
さすがに、これはあかん。
結局、勤務先の近くへ引っ越すことにした。
ただ、いつか元の地域へ戻る可能性も考え、どちらにも動きやすい場所を選んだ。
転勤は、仕事だけの話ではない。
住む場所や生活のリズム、家族の予定まで動かすことがある。
本人にとっては、紙一枚では終わらない大きな変化だ。
「前の学校では」と言いたくなる
新しい学校へ行くと、つい比べてしまう。
「前の学校では、こうしていた。」
「前の地域には、こんな仕事はなかった。」
「前に使っていたソフトの方が、やりやすかった。」
反対に、前の学校で面倒だと思っていた仕事が、転勤先にはなくて、
「これは、ありがたいな。」
と思うこともある。
給食も地域によって違った。転勤したばかりの頃は、正直に言うと、
「前の地域の方が好きやったな。」
と思っていた。
ところが、年月がたつうちに内容は格段によくなった。
学校も、地域も、ずっと同じではない。
最初に感じた違和感が、そのまま続くとは限らない。
どうせ一年もすれば、だいたい慣れる。
これは転勤を経験する中で、何度も感じてきたことだ。
比べるためではなく、持ち寄るため
前の学校と新しい学校を比べ続けても、あまり前には進まない。
だからといって、前の学校で経験したことを全部しまい込む必要もない。
「これは、ここでもやってみたいな。」
そう思ったものは、新しい学校でも試してみればいい。
前の学校でよかった取組を持ってくる。
新しい学校で見つけた工夫を、また別の場所へ持っていく。
比べて優劣をつけるためではない。
それぞれの学校にある、よいものを還元するためだ。
学校を越えた交流には、そういう意味もあると思っている。
「前の学校では」と言うこと自体が悪いのではない。
「前の学校の方がよかった」で終わるのか、
「ここでも使えそうだから、少しやってみませんか。」
と提案するのか。
同じ言葉でも、その先は大きく変わる。

「紙飛行機で決めてるんちゃうか」
異動の時期になると、希望を出す。
できることなら、本人の希望はある程度聞いてほしい。
生活も変わるし、そこで何年も働くことになるからだ。
それでも、全員の希望どおりに決めるのは難しい。
管理する側には、こちらからは見えない多くの事情がある。
若い頃、思ったところとはまったく違う異動先になったとき、
「これ、紙飛行機を飛ばして決めてるんちゃうか。」
と冗談で思ったことがある。
もちろん、そんな決め方をしているはずはない。
ただ、それくらい本人には理由が見えにくく、先の読めないものでもある。
納得できる異動もあれば、すぐには気持ちを切り替えられない異動もある。
それでも、新しい場所へ行くことになったら、その土地の工夫を一度見てみる。
前の学校との違いを、悲観するだけでは何も生まれない。
その土地の工夫を楽しむ
転勤先には、転勤先の当たり前がある。
最初は使いにくいソフトもある。分からないルールもある。前の学校の方がよかったと思うこともある。
でも、違うからこそ見えるものもある。
「こんなやり方もあるんや。」
「これは前の学校より、ずっといいな。」
そんな発見が、一つずつ増えていく。
転勤したばかりの先生には、焦らなくていいと伝えたい。
分からないのは、仕事ができないからではない。
まだ、その学校のやり方に慣れていないだけだ。
どうせ一年もすれば、だいたい慣れる。
前の学校と比べすぎず、よかったものは新しい場所へ還元する。
そして、その土地にある工夫を楽しむ。
前向きに、楽しくいこう。
これは、これから転勤する誰かに向けた言葉であり、自分自身にも言い聞かせている言葉だ。


